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聖教新聞から
戸田先生指導、 
昭和31年8月31日本部幹部会・抜粋(組座談会で戦おう) T下 p244
法華経のなかに「法華経をたもつものあれば、立って仏がきたように迎えをせよ」と言われている。いったい、3人だって同志がおったら、喜んで話あって帰ってこなければならない。たったひとりでもいい、ひとりでも、そのひとりの人に、ほんとうの妙法蓮華経を説く。たったひとりでも、自分が心から話し合い、ふたりでもいい、感激し合って帰るくらいの座談会にしてほしい。たったひとりでも聞いてくれる者がある。ひとりの人に会えばよいのである。
支部長が腹をたてようと、地区部長がむくれようと、ご本尊様がお喜びになれば、それでいい。それを、さも自分の地区の名誉だとか、あるいは地区部長が偉いとか、そんなことは問題ではありません。そんなことを威張っても、ご本尊様はおほめになりません。最後までわれわれの頭にあるのは、ご本尊様、ご本尊様がお喜びくださった。きょうはたったひとりのおばあさんと話し合ってみる。あのおばあさんが喜んで帰った、ああよかったな、こういうことになる。それでいい。
形式に流されてしまいましてね。地区部長さんをお迎えするとか、支部長さんがいくからと、支部長さんをお送りしなければだめだとか。じょうだんではないよ。地区部長や支部長はなにも偉くないのだ。会長だって偉くないのだ。人間ではないか。なんにも偉いって、特別に偉い者がいるわけではない。あなた方も幹部になった以上は、もう腹を決めて、本当の修行を組座談会でしてください。相して本当に苦労した地区部長、ほんとうにみがきあげた幹部、そういうものに、一人ひとりがなっていただいて、おほめ下さるのは、ご本尊様。支部長なんかにほめられているなんて思っているのはバカだぞ。支部長なんかにロクなのはいないから、支部長なんかにほめられるのはなんでもない。犬のしっぽのしっぽのほうだから。おせじさえ言えばほめるんだから。そういう、たいてい頭のわるいのが支部長になるに決まっているのだ。そういうのを見習って、地区部長も頭のわるいのに決まっているのだ。
断じて人間にほめられてはいかん。ご本尊様にほめられるようになるうではないか。また人間に、いくら悪く言われても、人間にいくらしかられても、ご本尊様にしかられないようにしようではないか。


戸田先生指導  
昭和28年5月24日仙台支部総会・抜粋 T上 p182
地球は一日一回転してとまらない。とまったらたいへんだ。われわれはみんなふっ飛んでしまう。地球は、、太陽のまわりを三百六十五日五時間五十四分という力でまわっているのです。ここに木の葉を落とすまいと思っても、自然に落ち、木も変化します。
世の中には、変化しないものは絶対にない。ことごとく変化し、変わらざるを得ぬのが実相である。これが、一念三千の一念と関係がある。如是相、如是性、如是体、変化相、変化性、変化体しかみえない。この事実は、説明しようがない。これを公理という。どうして世が変化するかは、事実が証明である。公理である。変化することのありのままを認めたら、そうさせる大もとはなにかということになる。万物を変化させねばならないものがある。この万物を変化させる根本の実体を、南無妙法蓮華経といい、そのように変化していく力自体を、御自分の力となされた方を、仏という。いっさい衆生を変化させる側を寂照といい、その力を見出されたお方は、ただひとりのみであり、その大生命力そのまま、紙に写されたのが大御本尊様である。生命力を変化させる力がこもっているのである。
紙に書いた字ほど恐ろしいものはない。わたくしのところに、英語で今晩殺すと手紙がきても、少しも驚かない。また、ドイツ語であす一千万円あげるときても、少しもうれしく思わん。なんとなれば、読めないからである。
みんなも、わからないのであるから、しかたがないから、疑うことなくご本尊様を信じ、また末法の衆生にしんじさせるいがいにないのである。あなたたちに幸福をくださる、ぜったいのご本尊様です、宇宙の変化をおくせる根本の生命が、ご本尊様である。境智冥合して、生命が変化して功徳がでるのである